レインボーリボン メールマガジン 第144号 法と権利を守るのは誰?
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■■ レインボーリボン メールマガジン 第144号
■■ 法と権利を守るのは誰?
2026/3/31
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東京都葛飾区を拠点とするNPO法人レインボーリボンの活動報告、代表の緒方の思いをお伝えするメールマガジンを毎月、月末にお届けしています。
「日に日に世界が悪くなる」
最終回を迎えたNHKドラマ「ばけばけ」の主題歌、「笑ったり転んだり」(ハンバートハンバート)。テレビを見ながら毎回、思わず唱和していました。
「私に国際法は必要ない」というアメリカの大統領が、AIが指示した爆撃目標にミサイルを撃ち込み、他国の政治体制を転覆させると言ってはばからないイスラエルの首相が、隣国レバノンにも地上部隊を進軍させて領土を広げようとしています。
ユニセフは、アメリカとイスラエルが2月28日にイランへの攻撃を開始して以来、中東地域で2100人の子どもが死傷していると発表しました。
https://www.unicef.or.jp/news/2026/0043.html
法と権利が踏みにじられる時、犠牲となる子どもたちのあまりにも悲惨な姿に人類は何度も涙し、もう2度と繰り返してはならないと国際法を作り、子どもの権利条約を作り、私たち日本国民は平和憲法を掲げ、自由・平和・人権を守ると誓ったはずです。
なぜ、こんな世界になってしまったのか。
民主主義のお手本だと思っていたアメリカ合衆国の選挙によってトランプ大統領が誕生し、福祉国家の大先輩だと思っていたヨーロッパでも極右政党が台頭し、連立政権の中に入り込んでいます。
私たち日本の社会にも法と権利をないがしろにする流れが生まれつつあるのではないでしょうか。
『仮放免の子どもたち――「日本人ファースト」の標的』(池尾伸一/講談社)は、2025年5月、法務省が発表した「不法滞在者ゼロプラン」によって、難民申請が認められない場合など在留資格を失ったとき、日本の小学校、中学校、高校に通う子どもでも、ある時は手錠をかけられ、ある時は親きょうだいとも引き離され、見たこともない「母国」に強制送還されているという残酷な現実を告発した書籍です。
「仮放免」とは、収容は一時的に免れるものの在留資格がない状態のことで、国民健康保険にも入れず、進学や就労の道も閉ざされ、県をまたいだ移動すら原則できないそうです。
「不法滞在者」というと、まるでその人が法を犯したかのように思われますが、例えば生まれた国、地域でひどい差別・人権侵害にさらされて日本に逃げてきて難民申請をしているのに難民だと認めてもらえないとか、あるいは、DV被害から逃げるために「家族滞在」の資格更新ができなかったとか、様々な理由、背景があって在留資格を失ってしまうのです。
ましてや子どもは、日本で生まれたこと、日本で育ったことに何の「不法」があるというのでしょうか。
そもそも「法」は「権利」を守るためにあるのです。
権利とは何かといえば、「人が生きていくために必要なもの」です。食べること、寝ること、清潔を保つこと、休むこと、学ぶこと、遊ぶこと、仕事をすること…すべてが「権利」です。
子どもにとって最も大切な権利は、「夢をもつこと」ではないかと思います。
『仮放免の子どもたち』には、将来どんな職業に就きたいとか、どんな人生を歩みたいといった「夢をもつ」という、子どもにとって最も大切な権利を奪うということがどういうことなのか、何人もの過酷な人生のストーリーが描かれています。
著者の言葉として最も印象的なのは「出生時や幼少時から日本に住み、自分の育った環境に何の責任もない子どもたちが、送還や親との分断という耐えきれない苦しみを負わされている。『罪』のない彼らが重い『罰』を負わされる不条理が鮮明に浮かび上がっている」というものです。
この言葉を読んだときに私が連想したのは、山崎豊子著『大地の子』です。
「満州開拓」という国策に沿って中国に移住し(させられ)、敗戦後は軍に見捨てられ、親を亡くし取り残された「中国残留孤児」のその後の凄惨な人生を描いた小説です。
何の罪もない子どもたちが、日本の戦争責任を一身に負わされた不条理を、今、この日本で「仮放免の子どもたち」の姿に重ねて見ることになるとは…。
しかし「子どもの権利条約」が、権利を奪われた子どもを救うための武器になります。
さいたま市教育委員会はクルド人の少女を小学校から除籍したものの、子どもの権利条約に照らして、すべての子どもが義務教育を受ける権利があると、自らの誤りを認めて復学させたそうです。
子どもの権利条約は、19世紀末から20世紀中頃、医師、教育者、作家として活躍したユダヤ系ポーランド人、ヤヌシュ・コルチャックの実践と精神が結実した国際条約です。
1942年、ナチスドイツによってユダヤ人絶滅政策が始まり、コルチャックは自身が運営する孤児院の子どもたちと共にゲットー(強制居住区)に隔離されました。有名人であったコルチャックは助命嘆願が通り特赦されていたにも関わらず、また友人たちがゲットーからの脱走の準備を整えていたにも関わらず、「子どもたちを見捨てることはできない」と、200人の孤児と共にガス室のある収容所に向かう列車に乗ったのです。
人種・民族差別がやがて恐ろしい「民族浄化」へと発展し、戦争を引き起こし、敵味方なく取り返しのつかない災厄となるのだと、歴史の教訓を身をもって経験してきたのは今のイスラエルを建国したユダヤ人であったはずです。
日本人もアジア人でありながら、中国人、朝鮮人、東南アジアの人々を蔑視し、侵略していった、その歴史を忘れない、繰り返さないために、私たちは「多文化共生」の道を歩んでいるのです。
実は「多文化共生の子育ち・子育て支援」をミッションとする私たちレインボーリボンの歩みをまとめた本を出そうという話が半年ほど前から進んでいて、今月、電子書籍版が先行して発売されました。
これから紙書籍、オーディオブックも順次発売予定です。
『気づいたら、PTAが人生を変えていた――いじめ防止からこども食堂、外国人支援まで広がった“居場所づくり”のキセキ』(22世紀アート)
https://amzn.asia/d/05HtbDIA
この本の最終章「ある外国人一家への支援」では、ギニア人一家を母国へ帰国させるために寄付集めなどに奔走した経験を書きました。
その一家には8才の長男がいました。日本で生まれ育ち、「僕は日本人だ!」と、「あたりまえじゃないか」と言っていた少年。
『仮放免の子どもたち』ほど過酷な環境ではなかったと思いますが、しかし、親の在留資格の失効に伴って突然、見たこともない「母国」ギニアへと帰国せざるを得ませんでした。
今12才になっている彼は、当時「帰国支援」をした私を恨んでいるかもしれません。
彼が大人になったらまた日本に来ればいい、立派な仕事をして、家族も日本に呼び寄せればいいと考えてきたけれど、これからの日本を考えると、そう簡単にはいかないと思い始めました。
法務省は4月1日から日本国籍取得要件を居住5年から10年に引き上げるそうです。
しかも国籍法の改正もせず、法務大臣の裁量で。
法も権利もないがしろにされるこの状況に、私たちは慣れてしまってはダメだと思います。
『“居場所づくり”のキセキ』と本のタイトルにした『キセキ』は、レインボーリボンの歩みとしての「軌跡」と、予想もしていなかった素晴らしい人生の贈り物が待っていた「奇跡」という、2つの意味を掛けたものです。
小さなNPOが起こした小さな奇跡の数々…それは偶然起きた奇跡ではなくて、小さな一歩一歩の軌跡の先に待っていました。
ギニア人の少年が大人になって日本に帰ってくる奇跡を見たい。そう思ったら、やっぱり一歩一歩、小さな歩みを続けていくしかないのです。
(代表・緒方美穂子)
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